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3月11日

あの日、私はちょうど私用で秋葉原にいました。
電話のスイッチをオフにしなくてはならない用事だったので、
地震が起きたとき、まわりの人が「震源地宮城県だって」って
言葉を耳にして、気を失いそうになりました。

東京に居てあれだけ揺れて、間違いなくここが震源地だって思ったのに、
違うの? 両親の住む宮城が震源地だなんて!!

あわてて、携帯の電源を入れると父親からの着信履歴が。
でも電話かけ直してもつながんないし、メールも送れない!
ためしにSNSを使ってみたら、
30分後くらいに「おかあさん、おとうさん、大丈夫」って
メールが届きました。
ヨカッタ!!!

2時間くらい待ったものの電車は一向に動く気配はないし、
会社にいたら朝まで待機できたんだろうけど、
周りのお店はみんなシャッターを閉めちゃっているので、
時間も潰せず、自宅でお留守番中の愛犬が心配だったので、
歩いて帰る覚悟を決めました。
電車で40分の距離。5時間近くかかりました。

ドアを開けるのがとても怖かった。
ミシェがなにかの下敷きになって死んじゃってたらどうしようって。
あの時、一人だったらドア開けられなかったと思う。
幸いにもミシェは無事でした。
よかった、怖かったねってギューってしました。

部屋の中は観葉植物が落ちて土まみれで、
トースターも、姿見も、パーテーションも倒れて、
(割れたりはしてなかったけど)すごい事になってた。
ほんとにミシェが無事でよかった。

実家は未だに、ガスが復旧してない。
地震後3日目くらいにやっと電気が復旧して話すことが出来たときは、
泣きそうでした。

当日はいろんな人にすごく助けらたし、私ったら全然大丈夫!
って思ってたのに、その後のあまりの惨状に心を痛めていたら、
一週間後くらいに胃潰瘍になっちゃった。
意外にもろい私の精神力・・・・。

携帯が使えるようになったら、海外の友だちとかからも
一気にメールが届いたりで、みんな私が仙台出身だって覚えててくれて
心配してくれたりでほんとにありがたいって思った。

こういう時に私も誰かの役に立てる強い人間になりたいものです…。
助けられてばっかりだ。。。

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